椿に座高計

本と生活の一部

2020/9/21『なぜ脳はアートがわかるのかー現代美術史から学ぶ脳科学入門ー』

『なぜ脳はアートがわかるのかー現代美術史から学ぶ脳科学入門ー』
エリック・R・カンデル
高橋洋 訳
青土社

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「アート」関係の記述と「脳」関係の記述が章ごとにけっこうはっきりと分かれていて、2冊を並行して読んでいるような感覚になるときがあった。

C・P・スノーによると、知的世界は科学の文化と人文文化に分裂してしまっている。その橋渡し役を脳科学-現代美術という関係が担うことができるのではないだろうかという提案から本は展開されていく。

この橋渡し役となるのではないかという主張を支えているのが還元主義という共通点である。(脳)科学と現代美術(≒抽象芸術)は還元主義的アプローチの方法が似ているらしい。還元主義というのはより基本的なレベルでひとつひとつの構成要素を調査し、それによって包括的または高次の問いに答えようとするという姿勢を指す。科学者は複雑な問題を解くために、アーティストは鑑賞者に新たな反応を喚起するために、還元主義を用いる。

抽象芸術において、芸術家はイメージを形態、線、色、光から構成される基本要素に還元して視覚表象の本質を探究している。抽象芸術は具象芸術に比べてより広くトップダウン情報に依拠している。トップダウン情報とは残存するあいまいさの縮限であり、みずからの経験にもとづいて眼前のイメージの意味を推測するものだ。そのため抽象芸術は(具象芸術よりも)鑑賞者のあいだであいまいさを生む(同じ色をみたときでも、個人によって異なる反応を引き起こすように)。

脳の高次処理(さまざまな脳領域から得られた情報を統合する)にトップダウン処理があり、この処理によってわたしたちは見ているものを明らかにしようとする。学習によってニューロン間の結合強度は変化し、その記憶を参照することでトップダウン処理では眼前のイメージと過去に与えられたイメージとの比較をおこなっている。

トップダウン処理をおこなう際には統合される情報が必要であり、そのために中次処理(無数の線分と平面からどの表面、境界が物質に属してどれが背景をなしているのかという輪郭の統合をおこなう)や、低次処理(網膜でのイメージ検出)といったボトムアップ処理がなされる。ボトムアップ処理は生得的であり、具象芸術を鑑賞する際はこの処理がおこなわれることが前提にされている。

このように、抽象芸術ではアーティストが作品のなかのイメージを基本要素に還元することで鑑賞者に新たな反応をうながすが、科学者、特に生物学者は主にさまざまな現象を理解するために還元主義的アプローチを採用してきた。

脳科学においても還元主義的分析がおこなわれてきたが、その理想的な生物としてアメフラシが挙げられる。カンデルがノーベル賞を受賞したテーマはアメフラシの学習によるえら引っ込め反射であるが、この比較的単純な反応がニューロン間の結合の強さを変化させるという事実を明らかにした。この記憶のメカニズムは、わたしたちが芸術作品を鑑賞する際にトップダウン処理の過程で喚び出される。

分裂してきた科学と芸術は相互に関係しあい高め合うフェーズに入っている。科学者は脳がいかに芸術作品を知覚するか、無意識・意識的な知覚・情動・共感がどのように処理されているのかを理解することができる。また、現代のアーティストはその生物学の知見から新たなアートの形態・創造的な表現を生み出すことができる。そしてそれぞれの達成手段として還元主義を利用することが可能であると結ばれていた。

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アート面では多くの作品が掲載されていることもあり、現代美術史の概観を知ることができる。個人的には登場するアーティストの既知/未知の割合がちょうどよく、スムーズに読み進められたようにおもう。

抽象芸術と科学では用いられるアプローチに類似性が認められるという部分には頷きながらも、でも科学者がみな還元主義者かと言われるとそんなこともないのでは……?とおもった。

自身が還元主義者であるカンデルはアメフラシの反射反応でノーベル賞を受賞しているにもかかわらず視覚関係の著書が多い(そしてみずからの専門分野以外にも博識である)。『芸術・無意識・脳』ではクリムトを筆頭に扱いながら視覚についての議論をおこなっているようで、なるべく早くにこちらも読みたい。

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昨日(9月20日)おはぎをつくるために一昨日の夜はあんこをつくった。小豆を、最初のうちは煮るけれど、徐々に炊くという動詞のほうが似合うようになっていく。須賀敦子の全集(第8巻)を傍に置いて鍋の前に立っていたのだけれど、2種類の砂糖を1~2分おきに加えては混ぜなければいけないのでほとんど読めていない。

小説もエッセイもずっと読む頻度が減ってしまって、読書がもはやたいせつな時間でなくなってしまったようにおもう。家にいるときはなるべくそういった(勉強が直接の目的にならないような)本を読みたいけれど、時間がなくてそのうちに寝てしまう。

両手から小豆のにおいがしているうちにおはぎを冷凍庫に入れた。